聴く力

 多くの方にとって、難解な判例や法律書を読んだり、契約書や裁判所に提出する文書を作成したりというのが弁護士の仕事のイメージではないでしょうか。そういう弁護士もいるでしょうが、市民の方のご依頼を受けることが多い私の場合、文書を読んだり作ったりする仕事よりも圧倒的に依頼者のお話を聴くという仕事のウエイトが多いのです。

 

 市民の方が直面する法律問題の解決は、多くの場合、事実と証拠で決まり、法律の解釈が問題となることはあまりありません。なので、依頼者から事実とその事実を支える証拠の存在を的確に聴き出すことが法律問題を依頼者に有利に解決するための鍵になります。

 

 実は、依頼者からお話を「聴く力」は、司法試験の合格のためには必要ありません。司法試験に合格するには法律問題や判例を理解し、それについて論文を書く能力が試されるだけで、人から話を「聴く力」の試験はないのです。

 

 そういう訳で、法律家としてデビューしたばかりの若い弁護士の中には、私から見ると「聴く力」が不十分である方がいます。例えば遺産分割の事件で1億の遺産があったとします。私としてはどうやって故人が1億もの遺産を遺したのかが気になるわけですが、調停などで若い弁護士に聞くと、今いくら遺っているかは「聞いて」いるのですが、どうして1億も遺ったのか「聴いて」いないということがありました。要するに、代々金持ちで先代の遺産を受け継いだのか、自分が地道に仕事で稼いで貯まったものなのか(その場合、どんな仕事で稼いだのか)、はたまた宝くじに当たったのかということなのですが、この点について依頼者から聴くことができていなかったりします。

 

 また、初対面の方は最初から全て本当の事を話してくれることは少ないのですが、短時間話を聞いただけで依頼者の話を鵜呑みにしてしまい、あとで大失敗するということもあります。刑事事件が典型で、犯人が逮捕されている警察署に駆けつけてみると「先生、自分はやってません。」といっていたのに、数日後に行ってみると「実は、私がやりました。申し訳ありません。」といったことはしばしばあります。私も含めて人間は弱いので、なかなか自分に不都合なことや不利益なことを最初から正直に話したいとは思わないものです。「聴く力」が不十分だと最初から誤った方針で事件を進めてしまい、結果的に依頼者に有利な解決が難しくなってしまうのです。

 

 私自身は、「聴く力」の重要性を身に染みて感じてきましたので、意識して聴く力をつけるように努力してきたつもりですし、得に初対面の依頼者には十分な時間をかけてお話を聴くように努力しているつもりです。30分程度では十分に話を聴くことなど難しいと思っており、2時間ぐらいの時間をかけることも珍しくありません。

 

 また、弁護士の場合、飲食店の接客業のようにただお話を聴いて楽しく過ごしてもらうのが目的ではないですし、カウンセラーのようにお話を聴くこと自体がその方の治療につながるというわけでもありません。弁護士が依頼者から話を聴く目的は、事実とそれを支える証拠について的確に聴き出して、事件を依頼者の有利に解決することです。そのため、話すことで依頼者に悲しい思いや不愉快な思いをさせることもあるかもしれません。実際、DV事件の依頼者の方などは、辛かった婚姻生活を思い出して涙する方が結構いらっしゃいます。

 

 依頼者から的確に事実と証拠について聴き取るためには、お話の筋道を予測したり、その方や関係者の人柄を考えたり、質問の仕方にも工夫が必要で、私自身もなかなか納得がいく聴き取りをすることは難しいと思っています。1回だけでは無理なこともよくあります。何より大事なのは、私自身が依頼者から弁護士として信頼してもらうことであり、そのためには日頃の勉強と努力が欠かせません。