傍聴マニア

 傍聴マニアである。

 そもそもの始まりは裁判員裁判が始まった頃だから、10年以上前である。当時私は、「裁判員制度実施本部」という札幌弁護士会の委員会に所属していた。裁判員裁判が始まるというので、札幌の第1号事件を傍聴に行った。

 その後、自分でも裁判員裁判を担当し、実際の法廷弁護活動を行った。傍聴をするようになったきっかけは、自分の法廷弁護活動をより良いものにするために他の弁護士の法廷弁護活動が参考になるのではないかと思ったからである。

 それ以降、毎年10件以上は傍聴に行っているはずである。もちろん裁判の全部を傍聴すると最低でも3日くらいはかかるので、初日の午前中だけ(冒頭陳述と言って検察官と弁護人が事件のダイジェストを説明してくれる)とか3日目の午後だけ(被告人本人への質問がなされたりする)とか一部だけである。それでも10年で優に100件以上の裁判を傍聴したと思われる。札幌弁護士会所属の弁護士で一番多く裁判傍聴をしていることは間違いなかろう。傍聴しながら、「この弁護士の今の尋問は上手い」とか「今の検事の尋問は自分だったら異議出すけど」とか「この弁護士は検事に比べてずいぶん見劣りするなぁ」とか一人で突っ込みを入れながら傍聴している。今では、顔見知りの一般傍聴マニアの方もできて、その方たちと情報交換したりもするようになった。また、傍聴した感想を文章にして弁護士限定のメーリングリストに流したりもしている。

 私が書いた文章はどうしても弁護士としての技術的な面が中心になって読み物としてはつまらない物になってしまう。世間で有名な傍聴マニアに北尾トロさんとか阿蘇山大噴火さんとかがいる。とくに北尾トロさんの著書は読み物としても面白いし、一般市民が被告人の言い分や弁護士の主張をどのように受け止めるのかについてとても参考になる(最新刊が写真の本である)。北尾トロさんの本は被告人の弱さやバカさ加減に温かい目線が感じられるのが、私は好きである。「人間バカだし、弱いんだ。」、刑事事件に限らず家事事件や個人の民事事件を扱っている弁護士として、しばしば思うことである。「わかっているんですけど止められないんですよねぇー。」、「理屈はそうかもしれないですが、どうしても許せないんです!」「お金の問題じゃありませんから!」、依頼者や相手方からしばしば聞く声である。

 裁判官は「経験則に照らせば被告人の主張は不合理であり到底採用できない。」などと判決に書くけれど、私としては「みんながみんな裁判官みたいにお利口さんなら、事件なんて起きねぇんだよ。」と思ってしまう。

 刑事裁判の被告人だってもとから犯罪者だったわけじゃない。本の写真にもあるけれど善良な人が転落してしまうことも多いのだ。実際に裁判を傍聴し、自分でも刑事事件を扱っているとしみじみ感じることである。

 これからも、人間のバカさ(不合理さ)や弱さ、割り切れなさに温かい目線で寄り添いながら、刑事事件や個人の家事・民事事件に力を尽くしていきたいと思う。