遺言と「言霊」

 遺産分割の事件を取り扱っていると、遺言があれば面倒なことにならなかったのにと思われる事案がしばしばある。特にお子さんのないご夫婦の場合はそうである。お子さんがいない場合、通常、兄弟姉妹(場合によっては甥姪)に相続権が発生する。兄弟姉妹がいても、遺言で自分の遺産を全て配偶者に与え、兄弟姉妹の取り分をゼロにすることは可能である。その場合、兄弟姉妹には遺留分がないので、私の取り分があるはずだとして異議を述べることもできない。

 お子さんのない仲のよいご夫婦なら、お互い元気なうちに、お互いの全財産を相手に与えるという遺言をしておくと、後々の法的トラブルが起こりにくいと思われる。但し、いくら仲のよいご夫婦でも一緒の証書(紙)に遺言して連名で署名するなどしても、夫婦共同遺言といって無効になってしまうので注意が必要である。

 そして、不幸にして配偶者が先立った時は、遺言を書き直し、信用できる兄弟や甥姪(場合によっては世話になった社会福祉法人などでもよい)に遺産を与える旨の遺言を作成するのがよいと思う。

 

 私には、今年86歳になる伯母(私の亡母の姉)がいるが、伯父が亡くなった時、伯父の兄弟姉妹(確か11人)に相続放棄してもらうのに結構苦労したようだ。遺言があれば兄弟姉妹のハンコがなくても居住するマンションは自身の名義にできたはずである。

 伯母も7人兄弟で、私の母を含め既に亡くなった兄弟もいるので、法定相続人はいとこたちを含めると10人を超えることになるはずだ。

 

 以前伯母に会った時に「伯母ちゃん。遺言しておいてよ。遺言がないと俺も○○ちゃんも××ちゃんも△△ちゃんも…、みんなのハンコをもらわないとマンション売るに売れなくなっちゃうよ。」と話した。

 すると伯母は「まだ元気だから、そのうちにね。」というのである。

 

 「言霊」(コトダマ)という考えがある。受験生に「落ちる」「滑る」、結婚式で「切れる」「別れる」、葬式で「重ね重ね」「再び」など使うと縁起が悪いと言われる。要するに言葉と結果に因果関係(「縁起」)があるとか、言葉には悪い結果を引き起こす「チカラ」があるという考えである。もちろん迷信だし、受験生に落ちると言ってその受験生が落ちたって、言った人にはなんの責任もない。

 

 しかしながら、無意識のうちに「言霊」に影響されている人は意外に多い。私の伯母もそうであり、自分の死を想定して遺言書を作成すると、遺言書の言霊で自分の死が近づいてしまうような気になるのではないか。

 弁護士業務をやっていて、遺言の作成を勧めると、「まだ元気だから、そのうちに」といって、遺言作成を先送りにする方は珍しくない。無意識のうちに「言霊」に影響されている方も多いと思われる。私だって、苦労した司法試験受験生時代、「落ちる、落ちる」と言われていたら決して愉快ではなかったと思う。

 

 伯母は、遺言を作成したのだろうか?地元の釧路の中古マンションなので、価格はせいぜい2,3百万円と思われる。もし遺言がないと、誰も手を出さず「塩漬け」になってしまうと思う。そのうち管理費の滞納で、管理組合が競売するかも知れないが、相当な手間と費用がかかることは間違いない。

 

 「お子さんのいないご夫婦は元気なうちに是非遺言を」と思う。改正相続法も施行されることだし、既に遺言書を作成している人もそうでない人も、遺言作成(見直し)に踏み切るよい機会だと思うのだが…。