事実認定のはなし

 令和がはじまりましたね。

 裁判員裁判制度が始まって5月21日で10周年ですが、私は裁判員の辞退率(欠席する人の割合)が高いのが問題だと思っています。裁判所は、1つの事件について50人以上の裁判員候補者を呼び出していると思いますが、実際に裁判所に来ていただけるのは30人に満たないことが多いと思われます。少なく見積もっても辞退率は50%程度はあると思います。裁判員の辞退率が高いのは、裁判員に支払われる日当が安過ぎることが一番の問題だと思います。

 

 また、裁判というと難しいし、責任が重そうで尻込みしている方も多いと思います。裁判員の仕事は確かに責任の重い仕事ですが、やりがいのある仕事ですし、法律の知識がなくとも十分になし得る仕事です。裁判員の仕事の主なものは「事実認定」です。そもそも裁判員裁判は「事実認定」を裁判官だけにさせるのではなく、「事実認定」に市民の常識を反映させようということで始まったといってよいと思います。

 

 「事実認定」というと難しそうですが、決して難しいことではありません。皆さんが日常的に行っているものです。小学校5年生と小学校3年生の男の子のお子さんがいたとしましょう。3年生の弟が泣きながら「お兄ちゃんに殴られた」と訴えてきました。お兄ちゃんに聞いてみると「僕は何もしていない」といいます。

 皆さんならどうしますか。まずは兄弟それぞれから詳しい話を聞くのではないでしょうか。弟には、どこで何回殴られたのか、どうして殴られたのか、体のどの部分を殴られたのかを聞くのではないでしょうか。そして、殴られたという場所にコブができていないか、赤くなっていないか確かめるのではないでしょうか。また、お兄ちゃんからは、弟が泣き出した時どこで何をしていたのか、弟はどうして泣いていると思うかなどを聞いてみるのではないでしょうか。さらに、弟が殴られたという子供部屋に行って、いつもと違った様子がないか確かめるのではないでしょうか。

 

 裁判だとこれが傷害とか殺人未遂とかおどろおどろしい話になるのですが、被害者(弟?)と犯人(兄?)のどっちの言うことが信用できるかという点では同じことです。

 裁判でも、被害者や犯人から法廷で具体的に話を聞きますし、ケガや犯行現場の状況については警察が写真に撮るなどして証拠にしています。これらの証拠を見て被害者の言っていることが信用できるかどうかを判断するわけです。

 

 子供部屋が散らかっていて弟の絵本が破れていた、弟のおでこにコブができていた、弟は「お兄ちゃんに『絵本を貸せ』と言われ、嫌だと言ったらいきなり殴ってきた」と訴えているといった状況があれば、弟の言い分を信用していいように思えないでしょうか。逆に、兄が「今お風呂に入っていた」と言い、髪が濡れていてパジャマを着ていたとしたら、弟の言うことが嘘だと思えないでしょうか。

 

 刑事事件の「事実認定」も基本的には同じことです。被害者の話が被害者の負傷状況や現場の状況などの客観的な証拠に矛盾していないか、被害者の話に不自然な点がないか逆に迫真性に満ちたものか、犯人の言い分に合理性が認められるかなどを判断していきます。

 但し、兄弟げんかの例と刑事裁判では大きく違うところがあります。それは「疑わしきは罰せず」という原則があることです。兄弟げんかの例ではどっちの言い分が正しいかわからない場合、「ケンカするのはどっちも悪い」といって兄弟を叱ることもアリですが、刑事裁判の場合、被害者の言っていることが常識に照らして判断して間違いないと確信できない限り、被告人を有罪にすることはできません。常識に照らして判断して被害者の話に合理的な疑問が残る場合、犯人を無罪にしなければなりません。